ライター雑記




 武道は礼に始まり礼に終わると云う。
 ならば、
 その間にあるのは、何なのかと。主人の傍らに控えつつ、彼は物思った。

 「かの一件は、そもそも――」
 「言いたいことはわかる。だが――」

 礼。
 礼儀。礼法。
 人に対する敬意を示す姿勢。
 そこに敵意なく、悪意なく、害意なし。
 形によって、それらの不在を表す。

 「それは認めよう。問題は――」
 「うむ。ただ、付け加えねばならないが――」

 例えば、今、この姿勢。
 彼も、彼の主も、主の客も、皆。正座して居る。
 足を折り畳み、その上に腰をずしりと乗せた形。
 全く、戦いの形に非ず。
 素早い挙措など望めず、まず立ち上がるだけでも一労苦。
 即ち、和平と賢知の位。

 「つまり、貴方の考えはこうか――」
 「そうだ。だからこそ――」

 彼の主と、主の客は、現在、好ましからぬ関係にある。
 だがそれでも、二人は、相手に対する敬意を捨てていない。
 だから、互いに正座の礼を執る。
 正座して、対話する。
 刀を、己の右側に置いて。鞘に納まった刀を、己の利き腕の側に置くということは、斬りつける意思の皆無なることを示すから。
 彼もまた、そうしている。

 「なるほど。確かに、そういうことであれば――」
 「わかってもらえるだろうか。私は――」

 正座の礼。
 それは刃を交えぬ意思の形。
 武によらず、対話により、和を目指す姿。

 「ああ。どうやら、貴方が正しい。それを認めよう」
 「では、これからすぐに、私と一緒に来て頂けるか」
 「無論だ。落度は私の方にあったのだからな」

 人に礼を守る心がある限り、武は不要。
 互いに敬意を払い合う者同士ならば、どれほど深い亀裂を抱えていようと、いずれ和へ至れぬはずがあろうか。
 相手の口を塞ぐ暴強の力など、要りはせぬ。

 「のう。吉永」
 「はい」

 穏やかな声で呼びかけてくる主に、彼は頷いた。
 主と客人の対話は、相互理解に達しようとしている。
 この二人であれば、当然の、帰結であった。

 「私からも、お詫び申し上げます」

 客人に向かい、深々と、上体を屈して低頭する。
 これもまた、礼。
 謝意と非戦を示す礼。

 「いや、いや。
 君にまで、謝ってもらう必要はない」

 客人は、高潔な人物である。
 真実、礼を知る。
 故に、

 「頭をお上げなさい」

 真実、武を知らず。

 「いいえ」

 倒した体の陰で、右手を伸ばす。
 刀の鞘を、掴む。

 「私は」

 気高き礼は、卑しき武を排す。
 だが、その卑しさ故に、
 武は、礼の理解を越える。

 「謝らなくてはならないのです」

 左手で、刀の柄を握り、
 上体を、跳ね起こす。
 左足を、一歩踏み出す。
 右膝は床に着いたまま。
 つまりは深礼の形から、瞬機、片膝立ちの姿勢へ移る。
 この挙動は、
 腰を、重心を、前へ撃ち出すはたらきを為す。

 ――居合術

 全身の体重が、高速で、前方に移動する。
 その力を利し、刀を抜く。
 左手による奇形抜刀。
 だが、何の支障とて無し。
 卑しく鍛え抜かれた武にあっては、露ほどにも。

 ――座の一本

 そう。
 武とは卑しきもの。
 礼の満ちる、刃なき静謐の場で、己のみが刃を手にしたならば、
 無敵ではないか、と。
 そのようなことしか、考えぬのだ。

 ――裏形

 抜き放たれた刃は勢いをそのままに、寸毫とて留まらず、彼の眼前を一文字に横切って、
 空気と、そうでないものとを、薙ぎ払った。


 客人の顔は、終始、貴く微笑んだままである。


 手首を返し、刀を鞘へ。
 しかる後、柄を握った左手を滑らせ、頭に達したところでくるりと向きを返し、再び鍔元まで滑らせて戻す。
 残心であり、
 これもまた、礼。
 弔いの礼法。

 ――南無。

 口の中で呟く。
 これにて武は完結。
 殺意を礼にて押し隠し、奇襲の一閃を打ち放ち、斬った後にはまた一礼し、穢れを拭って澄まし顔をする。
 正しき武の姿、ここにあり。
 なれば、


 武道は礼に始まり礼に終わる。


 「吉永」

 主が笑う。

 「見事」

 なにが、
 見事なものか。




******


 ――愛とかエロとか萌えだとか、そういった難しいことはよくわからないんですが。
 とにかくエロゲで剣劇やってみたいんです。ガチンコの。

某A社 「却下」
某B社 「売れないから」
某C社 「よそ行ってください」
ニトロ 「やれば?」

 というような次第で、皆様にご挨拶できる立場になりました。奈良原一鉄です。
 いや世の中、厳しいんだかぬるいんだかさっぱりわかりません。

 「刃鳴散らす」Web公開にあたり、こうしてコラムのようなものを書く場を与えてもらえました。
 ――ニトロの新作に興味はあるけど、ライターがどんな奴だかわからないし、ちょっと不安。
 そういう方の、判断の一助になれば幸いです。

 あらかじめお断りしておきますと。
 「刃鳴散らす」は、おーむねヤローとヤローの斬り合いだけで終わってしまう話です。
 曲がり角の運命の出会いとか、
 ある日突然ボクの部屋に許嫁を称する美少女がとか、
 毎朝起こしに来てくれる妹が実は血が繋がっていなくてとか、
 つまりは大宇宙的摂理によってやたらとモテる主人公のハッピースクールライフとか、
 あるいは闘いの中で芽生える男同士の熱い友情そして友情以上のなんかとか、
 あとロボとか霊とか魔法とか、
 妖怪変化とか二挺拳銃とか齢数千年のロリっ子とか、

 そういった魅力的なキーワードは全くありません。

 あるのは斬り合いです。
 刀と刀の斬り合いです。
 たまに刀以外の武器も混じりますが。
 それでも最後は斬り合いです。

 だから。
 斬り合いが見たい人だけ買って下さい。


 ――ノベルゲームで、剣劇をやってみたい。
 ただそれだけの馬鹿に作品発表の場を与えてくれたニトロプラスに深い感謝を。
 そして、そんなニトロプラスを支持し続け、「刃鳴散らす」が生まれる土壌を用意してくださったユーザーの皆様に、深い深い感謝を。
 心より捧げて、最初のコラムを締めさせて頂きます。
 
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